令和7年版「土地白書」が、5月に国土交通省から公表されました。
土地に関する動向と基本的な施策をまとめた報告書です。
とっつきにくい内容ではありますが、中長期的な土地政策の動向を知るうえで
賃貸経営をしている方にも役立ちます。
過去の内容を振り返りながら、
これから土地にかかわる政策がどのように進められるかについて解説しましょう。
バブルのピークに誕生した土地白書
土地白書の第1号(平成2年版)は、バブルの真っ最中である1990年7月20日に発行されました。
前年末に制定された「土地基本法」に基づいて作成・公表されたもので、当時の所管は国土庁です。

当時、短期間に転売を繰り返して価格を吊り上げる「土地ころがし」が横行し、
都心の商業地を起点に地価が異常なまでに高騰していました。
こうした状況に歯止めをかけるために、「土地の利用は公共の福祉優先」「投機的取引の抑制」
という理念を掲げて誕生したのが土地基本法です。
地価高騰を抑えるというよりも、
その背景にある"土地神話"の打破を目的にしていたと言えるかもしれません。
地価抑制という点で言えば、2年前の1987年に、土地取引を規制する国土利用計画法が改正され、
一定面積以上の土地取引は自治体に事前に届け出る「監視区域制度」が設けられています。
東京や横浜などでは、届出対象面積が300㎡以上とされ、
価格と目的が不適正と判断されれば取引の取り下げや値下げ勧告を受けるという制度です。
最終的に、対象面積が100 ㎡以上まで引き下げられた市区町村も少なくありません。
マイホームの取引すら停滞するほどでした。
地価高騰に直接ストップをかけたのは、1990年4月から始まった不動産業向け融資の総量規制です。
ミニ保有税や地価税などの土地税制による締め付けも加わっています。
当時は、力ずくで地価を下げようとする懲罰的な政策が多かったと言えるでしょう。
バブル期以前と現在の地価高騰は何が違う?
土地基本法に基づいて初めて書かれた土地白書では、
「持っているだけで値上がりし続ける儲かる資産」という土地神話ができたプロセスを追いかけ、
地価変動の要因や土地市場の構造分析に100ページ近い分量を当てています。
図1は、その平成2年版・土地白書に掲載された地価変動率の長期推移グラフを再構成して
加筆したものです。
1990年バブルまでの約40年間に3つの大きな山がありますが、
時代によって主役が交代していることがわかります。
最初の主役は工業地でした。
最も高い上昇率を示しています。
岩戸景気で湧く中、製造業の旺盛な設備投資が地価を引っ張ったのです。
次の主役は1970年代前半の住宅地です。
大都市への人口集中で住宅需要が高まり、都市部から全国へ地価上昇の波が拡大しました。
そして、バブル景気の際に地価を押し上げたのは商業地です。
全国平均では1990年がピークですが、
先行して上昇していた大都市圏のデータのため1987年がピークになっています。
1980年代前半から、当時の中曽根内閣が「アーバンルネサンス構想」をぶち上げ、
「東京が世界の金融センターになる」という期待感から大幅なオフィス不足を煽り、
ビルの高層化を図る容積率の緩和、金融緩和によるカネ余りを追い風に、
不動産にジャブジャブと融資がつぎ込まれた結果、地価高騰に火が付いたわけです。
ひるがえって最新の令和7年版・土地白書を見ると、地価動向の分析は10頁にも達しません。
公示地価が、全国的に全用途平均・住宅地・商業地のいずれも4年連続で値上がりし、
上昇幅が拡大していることを簡単に解説しているだけです。
東京都区部のマンション価格が平均で1億円を超え、
マスメディアで「バブルの再来か」と騒がれている割には、実にあっさりしています。
少なくとも政策当局は、現在の地価上昇は適切な取引を逸脱しているとは見なしていないのでしょう。
土地取引の法人関与率が高まると地価が上昇する
売買による土地取引件数のデータも掲載されています。
下図は令和7年版・土地白書のグラフです。
3大都市圏も地方圏も、この10年間はほとんど横ばいで変化がありません。

引用元: 令和7年度土地白書『第2節土地取引の動向』|国土交通省
平成2年版・土地白書にも同様のグラフが出ていました。
列島改造ブームの頃は地方圏の取引件数が大きく増加していましたが、
大都市圏はバブル期も含めてほぼ横ばいです。
地価高騰と取引件数には相関関係がまったくないと言えます。
ただし、平成2年版・土地白書では、
土地取引において法人が買主の割合がバブル期に増加しているデータを示し、
「法人による土地取引と所有の増加は、第一に、需要の増大と地価上昇をもたらす」
と解説していました。
取引件数の全体が変わらなくても、
企業の土地取得比率が地価に影響することを示唆しているわけです。
最近の土地白書では、こうした分析はありません。
図2は、東京都が発行している「東京の土地」と題する土地関係資料集を基に作成したグラフです。
法人が買主の割合を「法人関与率」として、件数と面積の2つの項目で長期的な推移を示しています。

これを見ると、地価上昇率が高い時期は法人関与率も高く、
地価が下がると法人関与率も低下しており、
見事な相関関係にあることが明らかです。
取引件数では50%近くなると地価上昇のサイン。
取引面積では、1980年代後半のバブル期と2007年の都心ミニバブル期に60%前後に高まっています。
法人の土地取引の増加が地価高騰の引き金になっていることを受けて、
1987年に短期譲渡をしたときの売却益に対する重課制度が導入されていました。
取得後5年以内の売却は通常の法人税プラス20%、2年以内は同プラス30%というスーパー重課でした。
さらに、現状では取引面積の法人関与率が70%近くまで達しています。
個人の購入能力を超えて、法人でしか買えない土地が増えているという解釈も
成り立つのではないでしょうか。
今後の地価の上昇具合によっては、かつてのような重課制度の復活がないとは言い切れません。
土地政策は、2000年前後と2020年に大きく転換
最後に政策面についても触れておきましょう。
土地白書は、第1部で「土地に関する動向」、第2部が「前年に政府が実施した基本的な施策」、
最後に「当年度に計画されている施策」という3部構成になっています。
この構成は第1号から最新号まで変わりません。
バブルが崩壊してしばらくの間、土地白書に掲載されている土地に関わる施策は、
地価の沈静化に主眼が置かれていました。
東京一極集中の是正のための行政機能の移転、
市街化区域内農地の宅地並み課税や国公有地の民間活用などによる宅地供給などです。
しかし、逆に監視区域制度や融資の総量規制などの劇薬が効きすぎたせいか、
地価下落が続いてしまい、1990年代後半になっても一向に回復の兆しが見えません。
不良債権処理の過程で金融機関も相次いで破綻しました。
そこで、1997年には、土地を取り巻く状況の変化を受けて、
地価抑制からの土地政策の転換を図り、土地の有効利用と
土地取引の活性化を図る方針に転換したわけです(「新・総合土地政策推進要綱」)。
2000年代に入ってようやく地価が回復しかけたものの、
リーマンショックで再び経済も土地市場も落ち込みました。
そのころ、平成21年(2009)版・土地白書に謳われた政策に、
中心市街地の活性化やコンパクトシティが登場。
居住者の高齢化と住宅・施設の老朽化でオールドタウン化が進むニュータウンの再生、
そして不動産投資市場の整備などの項目が盛り込まれています。
平成26年(2014)版・土地白書で「資産デフレから脱却」がうたわれる一方で、
令和に入る前後から再び大きな政策転換がもたらされます。
所有者不明・管理不全土地の増加への危機感がきっかけです。
いわゆる空き地・空き家対策が大きなテーマとして持ち上がってきました。
2020年3月末には土地基本法が改正され、
人口減少社会における持続可能な土地政策への再構築がうたわれています。
そして、それまでの「土地の適正な利用・取引」に
「管理」という観点を追加する方針が新たに導入されました。
改正土地基本法に基づいて策定された「土地基本方針」には、
登記手続きなど権利関係と境界の明確化など、土地所有者の責務に「管理」が加わっています。
その他、主な項目は以下の通りです。
①防災対策と連携した地域の持続可能性を高める「立地適正化計画」の策定。
コンパクトシティ化、災害ハザードエリアの新規立地の抑制、移転促進
②ランドバンクによる低未利用土地の利用・管理
③管理不全土地、所有者不明土地(農地・森林を含む)への対応
④不動産投資市場の活性化、不動産流通の活性化
⑤土地関連情報の調査・提供(地籍調査・登記情報最新化・明確化、オンライン化)
現在の土地政策はおおむね「土地基本方針」に盛り込まれた内容に沿って展開しています。
この3年間で発行された土地白書の「今年の土地政策」の目次を見ると、ほとんど同じです。
多少は新しいキーワードが盛り込まれているものの、内容や方向性は変わりません。
逆に言えば、土地白書に盛り込まれる内容に変化が出てきたときが、
政策転換の変わり目になると言えるのではないでしょうか。



