賃貸住宅を建ててアパート・マンション経営を始めれば所得税を軽減できると、
一般に言われていますが、本当に節税できるのでしょうか。
また、どのようなしくみで税金が安くなるのでしょうか。
不動産と所得税との関係について解説します。
賃貸経営を始めて損益通算で総所得を減らして節税
会社員や一般事業の経営者は、仕事を頑張って収入が増えればうれしいでしょう。
一方で所得税の支払いも膨らんでしまい、
思うように手取り額が増えていないと嘆く人も少なくありません。
そんなとき、税負担増への対策の1つとして話題になるのが、
アパート・マンション経営を活用した節税です。
「賃貸経営で収入が増えれば、さらに所得が大きくなって税負担も増すのではないか?」
と思うかもしれません。
しかし、賃貸不動産の場合には、収入を増やしながら税負担を減らす方法があります。
アパート・マンション経営などの不動産賃貸業では、
賃料収入から必要経費を差し引いた「不動産所得」をもとに
所得税(以下、住民税を含む)を計算します。
賃貸経営の必要経費の中では減価償却費とローン金利の金額が大きいため、
賃貸経営を始めた当初の不動産所得は、税務上の赤字になることが少なくありません。
この赤字分を、給与所得などのその他所得から差し引けばトータルの所得が少なくなるため、
所得税も軽減されるわけです。
利益が出ている黒字の所得から赤字の所得を差し引くことを「損益通算」と呼びます(図1参照)。
不動産所得が赤字になっても、
実際の現金収支(キャッシュフロー)がマイナスになるとは限りません。
つまり、アパート・マンション経営を始めれば、
所得税の節税をしながら収入を増やすことができるというのは事実と言えるでしょう。
ただし、いつ・どんな場合でも節税と収入増が両立するわけではありません。
この点について、次に検証してみましょう。
賃貸経営スタート当初は節税できてもその後に税金は増える!?
給与ベースの課税所得が1000万円の会社員が、
親から受け継いだ土地にフルローンで8000万円の木造アパートを建てた例で考えてみます。
現在の所得税と住民税の合計額は276万円です。
まず、収入と経費、不動産所得の関係を示したのが図2です。
賃料収入をプラス、経費をマイナスで示しています。
経費のうち、減価償却費が一番大きいことがわかるでしょう。
減価償却は耐用年数22年の建物と、同15年の設備に分けて計算。
ローン利息は徐々に減っていきます。
運営費は、固定資産税、損害保険料、維持管理費・修繕費などがあります。
おおむね賃料収入の2~3割で、ここでは25%で計算しています。
初年度は不動産取得税や登録免許税などの取得費が大きいため、
不動産所得のマイナスが大きくなりました。
その後、不動産所得のマイナスは縮小していき7年目からプラスに転じます。
いわゆる節税になるのは6年目までということです。
そして、設備の償却が終わる16年目、
建物の償却が終わった23年目に不動産所得がグンと伸びていいます。
所得が増えたからプラスになるわけではありません。
むしろ、デメリットが拡大していくのです。
不動産所得と、税引き後キャッシュフロー(以下「C/F」)の関係を示した図3をご覧ください。
C/Fは、その他の所得を合わせた総合課税による所得税を現金収支から引いた
手取り額の推移を意味します。
段階的に右肩上がりになっている不動産所得とは対照的に、C/Fは右肩下がり、
つまり、徐々に減っていくことがわかるでしょう。
減価償却が終わるたびにC/Fはガクンと減り、23年目以降はマイナスに転落しています。
これは所得が増えて、税負担が重くなった結果です。
当初6年目までは節税できていたのに、その後はむしろ増税になっているといえます。
15年前後に、新たな投資をするなど、何らかの対策を打たなければ状況は改善できません。
もちろん、賃貸住宅の建築は所得税の節税だけが目的ではありません。
何も活用していない更地にアパートを建てれば、固定資産税は6分の1に減りますし、
相続税評価額も下がるため、将来的には相続対策にもなります。
総合的に判断する必要があるでしょう。
築古木造アパートの減価償却による節税効果はホントに高い?
土地付き賃貸住宅を購入する不動産投資で節税を狙うケースもよく聞きます。
特に「耐用年数超えの築古木造アパート」の節税効果が高いといわれますが、本当でしょうか。
建物の減価償却費は法定耐用年数で決まります。
賃貸住宅の法定耐用年数は、
木造が22年、鉄骨造は27年(軽量鉄骨)、鉄筋コンクリート(RC)造は47年です。
新築建物の場合は、建築費をこの耐用年数で割った金額を1年分として、
毎年定額で経費に計上していきます。
中古建物の場合は、次の簡便法で計算した耐用年数が適用されます。
①築年数が法定耐用年数に満たない場合
中古耐用年数=(法定耐用年数-築年数)+築年数×20%
例)木造で築15年の場合:(22年-15年)+15年×20%=10年
②築年数が法定耐用年数を過ぎている場合
中古耐用年数=法定耐用年数×20%
※小数点以下は切り捨て
例えば、木造で築22年を超えると、すべて「22年×20%=4年」。
建物価格が2000万円なら、減価償却費は年間500万円と高額です。
ちなみに2000万円の新築アパート(建物)だったら181万円にしかなりません。
逆に、500万円の減価償却費を新築マンション(1棟建物)で計上するには、
建物価格が2億3500万円も必要です。
しかし、築古物件はわずか4年で減価償却が完了してしまうことに注意してください。
5年目から減価償却費がゼロになるため、不動産所得が急上昇して税額も大幅に膨らみます。
売却するなり、建て替えるなり、別の対策が早急に必要になるでしょう。
売却する際には、今度は譲渡税が膨らみます。
例えば、土地が2000万円、建物が2000万円、合計4000万円で投資をして、
5年後に同じ金額で売却したとしましょう。
この場合、「売却価格-購入価格=0」(*)となり譲渡益が出ないため、
譲渡税はかからないと思うかもしれません。
*簡略化のため、その他の取得・譲渡費用は省略。
答えは「ノー」です。
購入価格のうち建物の取得費は、減価償却相当額を差し引く必要があります。
つまり建物分はゼロとなり、譲渡益は2000万円も発生。
これに対して譲渡税がかかります。
所有期間5年以内の短期譲渡のため、税率は39%(所得税+住民税)。
譲渡税は780万円にもなるわけです。
1年待って長期譲渡になれば税率は20%、譲渡税は400万円に減りますが、
それでもバカにならない金額でしょう。
つまり、減価償却による節税というのは、あくまでも賃貸運用中の所得税の効果であり、
売却時には譲渡税という形でリセットされてしまうのです。
税金の支払いを節約できたというより、
「税金を支払うタイミングを遅らせた」あるいは「納税の繰り延べ/先送り」
といってもいいかもしれません(図4参照)。
もちろん、賃貸運用時の税率と売却時の税率の差が大きい場合には、
節税効果が残るケースもあります。
賃貸運用時の総合課税では、課税所得が大きいほど税率が高くなる超過累進税率です。
これが住民税と合わせて40%を超える高額所得者の場合には、譲渡税率の方が下回るため、
運用時の節税分が売却時の譲渡税を上回る可能性もあります。
ただ、最終的な手残りは、売却価格次第。値下がりして譲渡損が出てしまったら、
そもそも投資として成功とは言えません。
いずれにしても「節税効果」は、時期や対象が限られ、
誰にでも永続的に続くわけではない点を覚えておきましょう。