2022年5月に改正宅建業法が施行され、電子契約が全面的に解禁されました。
それから約2年半。
不動産取引の中で電子契約がどれくらい使われ、どのように受け止められているのでしょうか。
複数の調査を基に、オンライン取引の現状を解説します。
コロナ禍が後押し!?実証実験の開始から7年越しで全面解禁に
現状を語る前に、不動産取引のデジタル化の流れを振り返っておきましょう。
電子契約に先立って、「IT重説」の社会実験が始まったのが2015年の夏。
それまで、紙ベースの書面交付と、
宅建取引の資格者による対面の手続きが義務付けられていた重要事項説明を、
インターネットを使って行うという取り組みです。
当初は"テレビ電話(テレビ会議システム)"を活用する仕組みでした。
2017年10月から、借り主への賃貸借契約に限って運用がスタートしましたが、
現場での導入は遅々として進みません。
2019年5月に、行政手続きを原則としてオンライン化する「デジタルファースト法」が
成立してまもなく、10月から新たな社会実験が始まります。
売買取引のIT重説と賃貸借契約の電子契約です。
そして売買取引の電子契約の社会実験が始まるのは、
1年半後の2021年3月から計画されていましたから、
本格的な運用にはまだ数年はかかるだろうと思われていました。
ところが、2020年からあのコロナ騒動が勃発。
一気にリモートワークと非接触対応の波が押し寄せた結果、不動産取引のデジタル化が加速します。
2021年3月末には売買取引も含めてIT重説が自由化されました。
同年5月、書面と署名押印を原則としていた宅建業法と借地借家法を改正して、
紙とハンコに縛られていた不動産取引をオンラインに解放。
2022年5月から同法が施行され、電子取引が全面解禁されたわけです。
IT重説、電子契約ともに急速に利用率が高まる
現在の電子契約の普及率はどのくらいなのでしょうか。
2023年9月にデジタル庁が公表したビジネス全般のデータでは56.3%です。
これは2022年2月時点の調査で、かなり古いデータのため、
現在はもう少し高まっていると考えられます。
不動産取引に関してはどうでしょうか。
賃貸仲介の分野について、
リーシング・マネジメント・コンサルティングの調査を見てみましょう。
まず「IT重説」については、徐々に利用率は高まっています(図1参照)。
全契約の中でIT重説を実施している割合は、2022年時点では1割未満が最多でした。
2024年は3~4割が最多となり、5割以上を含めると半数を超えています。
次に賃貸借契約における電子取引はどうでしょうか。
2022年5月に解禁された直後の7月時点では、
実施の有無について「ある」と答えたのは15.4%に過ぎませんでした。
その後、半年で5割近くまで増え、1年半後の2024年1月には7割を超えています。
単に実施の有無だけでいえば、1件でもあれば「ある」となります。
全契約件数に占める電子契約の割合を示したのが図3です。
1~2割が37.6%で最多ですが、3割以上も3分の1を占めています。
これまでの流れからいくと、
IT重説の後を追いかける形で今後も徐々に増えていくのではないでしょうか。
賃貸仲介の利用率がダントツ。若い世代は8割以上が電子契約を希望
賃貸仲介以外の取引はどうでしょうか。
業態別の最新データは2023年時点のものしか見つかりませんでしたが、図4に示します。
売買仲介が全体平均に近い割合で、これから「導入を検討・利用したい」という前向きな声が、
最も多い4割強でした。
次いで「導入済み・利用経験があり」が約3割です。
「検討していない・利用したくない」という消極的な見方も3割弱と少なくありません。
その後、「導入を検討・利用したい」という不動産会社が実際に導入するようになれば、
「利用経験あり」が4割、5割と増えて来る可能性があるでしょう。
賃貸は仲介と管理で全く状況が異なります。
賃貸仲介会社は「導入済み・利用経験あり」が半数を超えてトップに。
「検討していない・利用したくない」は1割強しかいません。
一方、賃貸管理会社はその逆で、「導入済み・利用経験あり」が1割強にとどまり、
導入に後ろ向きの会社が最も多くなっています。
こうした違いが出る要因として考えられるのは、
賃貸仲介会社はダイレクトに入居者に接する客付け系が多いのに対して、
賃貸管理会社は元付けの立場で、
年齢層の高い賃貸オーナーの意向を反映している面があるのかもしれません。
ただ、このギャップが今後の電子契約の普及の足かせになる可能性はあります。
というのも、電子契約は入居者、オーナー双方の事前の承諾がないと進められません。
入居者が電子契約をしたいと思っても、オーナーが受け入れなければできないわけです。
同じ調査で、部屋探しをしているユーザーの意向を示したのが図5です。
電子契約を「使いたい」と「どちらかといえば使いたい」を合計した前向きな回答は、
全体平均で7割を超えます。
特に、賃貸入居者の主要ターゲットとなる20~30代は約85%が、前向きな回答でした。
年齢が上がるにつれて徐々に支持率は下がるものの、60歳以上でも5割以上です。
賃貸オーナーは、こうしたユーザーの意向を知っておく必要があるでしょう。
電子契約では、書面への押印や書類郵送が不要で、印紙代も節約できるため、
時間短縮とコスト削減のメリットがあります。
契約手続きにかかる日数が少しでも減らせれば、それだけ賃料発生の時期も早められますから、
オーナーにとってもメリットは大きいはずです。
電子契約の普及にはシステムや心理的なハードルも
電子契約の実施率が今ひとつ伸びない要因は、システムや利用者側の問題もあるようです。
実際に電子契約を経験した人に対する「良くなかった点」についての回答では、
「メール/SMSが届かず手間」「契約書が見づらかった」が、ともに4割を超えました(図6参照)。
SMSとは、
携帯電話やスマートフォンの電話番号宛てに短い文章を送受信できるメッセージサービスで、
「Short Message Service」の略称です。
電子契約では、SMSに送った認証コードを使って本人確認を行います。
しかし、メッセージをうまく受信できなければ、手続きが進められず、契約書の閲覧もできません。
安定した通信環境があるかどうかで、
スムーズな手続きができるかどうかが左右されると言えるでしょう。
次の「契約書が見づらい」という理由は、電子契約で利用する端末のうち、
スマートフォンが最も多いからでしょう。
同調査によると、使用端末がスマートフォンの割合は全体平均で76%。20代では9割近くに達します。
わずか5~6インチの画面で、小さな文字がビッシリ書かれている契約書を読みこなすのは、
なかなか骨が折れるもの。何らかのイノベーションが期待されます。
電子契約が良くない理由を年齢別に見ると、20代前半では「契約完了しているか不安」、
60歳以上では「対面よりコミュニケーションが困難」の割合が高めでした。
心理的なハードルと言えるかもしれません。
年齢層に関わらず、「直接会って手続きをした方が安心」という意識もあるでしょう。
ちなみに、電子契約はオンラインで完結できるため、どこでも契約可能で、
賃貸入居者や購入者が不動産会社の店舗に行かずに済むというメリットがあるとされています。
もちろん法的にはオンライン完結できるようになっていますが、
実務上ではすべての取引に該当するとは限りません。
例えば、「電子契約は利用するものの、本人確認は対面で行うため来店が必須」
という不動産会社もありました。
これは億ションのような高額なマンションを分譲するデベロッパーの社内規定などに見られます。
電子署名だけでは安全性を担保できないという考え方でしょう。
また、そもそもIT重説や電子署名を法的に認めていない国もあるようです。
日本国内では可能でも、
こうした外国に在住の人が取り引きする場合は利用できない可能性があることも知っておきましょう。
電子契約は解禁して間もないため、まだまだ課題が出てくるかもしれません。
しかし、技術的な進化、運用側の対応力が深まるにつれて、
着実に普及率が高まっていくのではないでしょうか。