賃貸経営の事業収支計画を左右する気になるデータ

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賃貸住宅の購入や新築をするときに、最も重要な判断材料の1つが「事業収支計画」です。
健全で安定した賃貸経営を続けるには、
最近の経済情勢の変化や様々なリスクを考慮する必要もあります。
各種データを合わせて、チェックポイントを紹介しましょう。


"金利のある世界"&"インフレ時代"に合わせた事業収支計画とは?


「賃貸経営が事業として成立するかどうか」
――これを冷静に判断するうえで欠かせないのが「事業収支計画」です。
特に昨今のように経済情勢が大きく変化しているときには、重要性が増しています。

デフレと低成長の下で"失われた30年"と呼ばれた時代からようやく抜け出したかと思ったら、
コロナ禍や国際紛争の頻発といった激動の時代に突入しました。
賃貸経営もこうした動きと無関係ではいられません。

足下の日本でいえば、この3月に日本銀行が「マイナス金利政策」を転換して
"金利のある世界"に入ったこと。
金利上昇は収支を圧迫するだけに、賃貸経営と切っても切れない存在です。

加えて、インフレの悪化です。
建築費は2019年ごろまでは、ごく緩やかな右肩上がりの傾向でしたが、
コロナ禍後に上昇率が高まりました。
人手不足による人件費の上昇もあり、修繕費や管理運営費にも
インフレの波が押し寄せています。

賃料については、人口減少による空き家の増加や経年劣化に伴って、
値下がり傾向にありました。
それが、数年前から大都市中心部を中心に上昇し始めています。
地域や物件によっては長期低落が続いている場合もあり、まだら模様の動きです。

アパートや賃貸マンションの建築会社の中には、
家賃も金利も一定の「収支シミュレーション」を提供してくるケースが未だにあるようです。
「賃貸住宅を建設すれば、黙っていても安定した賃料収入が銀行口座に振り込まれる」
と印象付けたいのでしょう。

しかし、様々なリスクを回避しながら健全な賃貸経営を長く続けるには、
現実の変化を織り込んだ事業収支計画を立てて、
オーナー自身が内容を吟味できるようにしておくことが大切です。
そのためのチェックポイントを次から解説していきましょう。


総事業費を見積もる際は、建築費の上昇を想定


「事業収支計画」は、大きく「総事業費(初期投資額)」と「収支計算」の2つに分けられます。
まず総事業費の内訳は図1の通りです。

図1.png

メインは建築工事費ですが、諸費用があること忘れないようにしてください
諸費用
さらに公的機関に申請する各種手続き費用
税金・ローン関係費などの
建築工事関連の項目と、自治体に払う開発負担金、
竣工前
から始める入居者募集にかかる開業費など創業関連があります
諸費用全体で建築費総額の
10~15%程度と考えておけば良いでしょう

この総事業費をもとに、いかに資金調達するか、自己資金はいくら投入できるか、
などの資金計画を立てるわけです。
どの金融機関から借り入れるか、金利はどのくらいかなど、収支計算とも密接にかかわります。


ここで注意したいのは、やはり建築費の動きです。
賃貸住宅の新築には、企画の立ち上げから竣工・経営スタートまで1~2年かかります。
この間に建築費が大幅に値上がりして、当初の計画の断念や見直しを迫られたり、
着工後に多額の追加費用が発生したり、想定外の事態に見舞われるケースが珍しくありません。


図2に、過去5年間の建築費の動きを示しました
1年
足らずの間に2割も上昇する場合があるだけに、
かなり余裕をもって総事業費を見積もっておく必要がありそうです。
予備費を厚めに見込んで、自己資金にも余裕を持って計画を立てましょう。


また、金融機関が融資を実行するのは、事業計画を立てた時点ではなく、
建物が竣工して正式に金銭消費貸借契約を結んでからになります。
適用金利はその時点の水準です。
そのため、計画段階から竣工までの期間に金利がどう動くかも想定しておかなければなりません。

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マーケットの現実を反映した収支シミュレーションが大切


次に、設定条件によって結果が大きく左右されてしまうのが「収支シミュレーション」です。
基本的な仕組みとしては、
「損益計算」と「収支計算(キャッシュフロー計算)」の2つに分かれます。

損益計算は、「不動産所得」を算出するステップです。
現金の支出を伴わない減価償却費を経費に計上して、不動産所得が税務上の赤字になれば、
他の所得を損益通算することによって、所得税の節税につながると一般に解説されています。
ただ、個々人の収入状況によって節税効果の有無は異なるため、今回はそこまで踏み込みません。

ここでは、現金の出入りの流れ(キャッシュフロー)を
シンプルに追いかける「収支計算」に絞って取り上げましょう。
収支計算に関わる項目とチェックポイントは図3の通りです。

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●収入
1)初期費用・一時金
初期費用のうち、敷金や保証金は退去時に返還が必要な預り金のため収入には計上しません。
礼金や、いわゆる関西圏の敷引きや更新料は、家賃の前払い的な位置付けとなり、収入になります。

賃貸市場の流れとして「敷金ゼロ・礼金ゼロ」の物件が増えていると言われているせいか、
収入として試算に入れないケースも少なくありません。
更新料も似たような傾向です。
ただ、地域によってはまだ設定できるケースがあり、
1カ月分でも少なくない金額なので、マーケットを踏まえて取り入れておきましょう。
図4に、家賃帯別の「敷金・礼金ゼロ物件」の割合推移を示したので参考にしてください。

礼金0物件は、シングル向けと想定される10万円以下では50%以上から40%台に減少、
ファミリー向けと思われる20万円以上では30%前後で横ばいになっています。
一般的なイメージの増加傾向とはいえません。
礼金を取れる場合は、いずれも家賃の1カ月分が相場です。
ちなみに、敷金0物件については10万円以下で、30%台から50%以上へ増加しています。

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2)賃料設定・推移
最初の賃料設定が、地域の賃貸マーケットに照らして適正水準になっているかどうかが、
最も重要です。
家賃相場を紹介する不動産情報サイトも複数ありますが、
一般にこうしたサイトのデータは募集家賃の統計です。
収支計算では、地域の仲介会社にヒアリングして、できるだけ成約家賃を参照するようにしましょう。

また、賃貸経営がスタートしてからの賃料の見直しについては、
地域マーケットに合わせて変動するように設定することが大切です。
長く続いたデフレ時代は長期的に下落トレンドだったため、
築年に応じて下落する設定が推奨されていました。
しかし、ここ数年のインフレ傾向を反映して、
都心部を中心に上昇する動きが見えています(図5参照)。
必ずしも悲観的な設定が正しいとは限りません。

もっとも、上昇傾向を示すエリアの統計データを基に、
安易に賃料が値上がりする設定で試算するのも危険です。
例えば、周辺に間取りタイプの同じ競合物件が多い地域や、
メインターゲットにしていた入居者が通う学校や工場が撤退して、
賃貸マーケット自体が衰退している場合もあるでしょう。
全国的にインフレ傾向でも、そのエリアの物件だけ家賃が値下がりしているかもしれません。
やはり、賃貸マーケットの実態を反映することが大切です。

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3)空室率
賃貸経営としては満室が理想ですが、
実際には、どんなに人気のある物件でも入居者の入れ替え時のロスがあるため、
100%満室を想定した賃料収入は現実的ではありません。
最低でも3~5%の空室率は計上しておきましょう。

もちろん、地域や物件種別によっては20%以上の空室率が平均的なケースもあります。
マーケットの実情を踏まえて試算しましょう。

●支出
4)ローン金利
支出項目では、ローンの借入金利が重要です。
アパート建築でローンを借りる場合、最も水準の低い変動型で借りるのが一般的でしょう。
変動金利は文字通り、金融市場に応じて変動するため、本来は返済負担も上下する仕組みです。

ところが、日銀のゼロ金利・マイナス金利政策が長く続いた影響もあり、
金利がほとんど変わらない状態が続いていました。
収支計算でも、優遇措置を受けた変動型の最低レベルの金利水準で、
30年間固定させた試算が少なくなかったのです。

しかし、冒頭に指摘したように、今や"金利のある世界"に移行しつつあります。
金利上昇リスクを織り込んだ試算が欠かせません。
とはいえ、どのくらい上昇する設定にすればいいのか、なかなか読みにくいのが現状です。

2023年11月に、みずほリサーチ&テクノロジーズが参考になるレポートを公表しています。
経済が順調に成長し、日銀が目指す「物価上昇2%」が安定して続いた場合、
住宅ローンの適用金利は、変動型が2023年秋時点の0.3%から2026年に4%に、
固定型は同じく1.8%から4.8%になるという予測です。
金融業界では"衝撃的"と受け止められました。
アパートローンもこれに準じた水準になる可能性があるでしょう。

こうした見通しを織り込んで試算してみましょう。
短期間で一気に金利が2倍、3倍となることはないかもしれませんが、
3~5年かけて徐々に上昇することは十分に考えられます。
1%アップから4%アップまで、いくつかのシナリオを設定してみることをおすすめします。

5)維持管理・修繕費
管理委託費として3~5%のみを計上して試算している例もありますが、
実際の賃貸経営ではそれだけではとどまりません。
台風や地震などの災害による損傷の修繕、経年劣化に伴う大規模修繕など、
ある程度の修繕費を見込んでおく必要があります。
入居者入れ替え時の原状回復リフォームも、一定の割合で組み込んでおくことが大切です。

その他、退去した部屋を埋めるための集客費用などの運営費を含め、
管理運営費を全体としてとらえる場合は、
賃料収入の2025%程度を目安にしても良いでしょう。
図6に参考データを示しました。

図6.png

さて、この運営管理費を試算項目に入れる際にも、一定の割合で設定するだけでは、
今後は不十分になるかもしれません。
建築費と同じようにインフレ時代に入っていることを考慮に入れる必要があるからです。

以上の点を踏まえ、
特に影響が大きいと思われる家賃の変動、金利上昇、物価上昇を想定した
収支シミュレーションをしてみました。

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【初期条件】 種別:木造アパート、1K×8戸(1戸8万円)、空室率5%/建築費:8000万円/借入金7200万円(頭金1割)。
       変動金利(当初1.5%)、30年返済。管理運営費:家賃収入の約25%。
【条件の変化】金利アップ:1年ごとに0.5%ずつ上昇し5年後に3.5%/
       物価アップ:年1%ずつ上昇/家賃下落:5年ごとに5%ダウン

詳しくは解説しませんが、収入や支出が不変として試算した場合と、収支の各項目が変化した場合で、
キャッシュフローが大きく変わることがわかるでしょう。
収入減と支出増が重なると、最悪で赤字に転落する可能性もあります。

こうした最悪のシナリオを想定しても、果たして賃貸経営が続けられるかどうか確証はありません。
安全な事業収支計画を立てるには、
このように厳しいストレスをかけた条件設定をしてシミュレーションしてみることが大切です。