夏になると"相続業界"も暑くなります。7月初頭に路線価が発表されるからです。
今年は、リーマンショック以来で最大の上昇率となりました。
路線価は土地の相続評価額を決める指標になるため、税額アップにもつながります。
具体的にどのような影響があるのでしょうか。地域別の動きを含めて考察します。
2010年以降で最大の上昇率。5%超えは5つの都道県
先日7月1日に2024年の路線価が発表されました。
全国平均の対前年変動率はプラス2.3%。2010年以降で最大の伸び率です(図1参照)。
リーマンショックと東日本大震災に挟まれた2010年前後は、
経済の停滞から地価下落を招き、路線価もマイナスが続いていました。
2015年ころから徐々に持ち直し、2021年のコロナ禍を除き、
緩やかな上昇トレンドになっています。
都道府県別で、最も上昇率が高いのは福岡県の5.6%です。
他に上昇率が5%を超えたのは、北海道、宮城県、東京都、沖縄県となります。
東京都を除く各エリアの中心都市である札幌市、仙台市、福岡市、那覇市は、
三大都市圏以上に地価上昇が激しいため、路線価にも反映しました。
なかでも沖縄県は2020年に10%を超える上昇率を示しています。
一方で、変動率がマイナスの地域もあります。
代表的な地域が図1に示した和歌山県です。
過去15年間、一度もプラスに浮上することなく下落が続いています。
おおまかにいえば、47都道府県のうち3分の2がプラス、
3分の1がマイナスと考えればいいでしょう。
地価動向に関しては、上昇と下落が混在しているのが日本列島の現状です。
変動率を累積で見ると大きな格差が広がっている
メディアで流れるニュースでは「路線価が上昇!」という印象が残るものの、
全国平均で2%前後のプラスというのが、どれほどのインパクトをもつのか
イメージしにくいかもしれません。
東京や地方の中核都市でも5%程度なら「たいしたことはない」と思う人もいるでしょう。
路線価は1年に1度しか発表されません。
7月にニュースが出たとき、その年の動きだけを見ていると、
それほど大きな影響があるとは考えないでしょう。
しかし、土地評価額に対する変動率は年々蓄積していきます。
そこで累積変動率を追ってみました。
図2は、過去10年間の累積変動率を、2014年を100とした指数で示したグラフです。
最も大きな動きを示したのが、2024年に149ポイントを示した沖縄県。
10年で約5割も上昇しました。
東京都や福岡県も130ポイントを超えます。
全国平均の108から大きく乖離していることがわかるでしょう。
一方、マイナスの変動率が続いた和歌山県は2024年に86ポイントまで下がりました。
10年で1割以上の値下がりとなります。
2024年の指数が全国で一番低かったのは秋田県の85です。
秋田県は、2023年に変動率がプラスに転じて、今年も2年連続で上昇しました。
1~2年の動きでは見過ごしてしまいますが、
過去8年間のマイナスの蓄積が重くのしかかっていることがわかるでしょう。
この他、100を下回るエリアは27県です。
全国で半数以上の県はマイナスから抜け出せていません。
上昇しているエリアとの格差はますます開いています。
評価額の上昇より税額の増加幅が大きい理由
次に、路線価の上昇が相続税にどう反映するかを考えてみましょう。
簡略化のために、遺産が土地だけ、相続人は1人という条件で試算してみました。
図3は、基礎控除後の課税遺産額が5000万円だった土地が、
10年で3割、5割、10割(2倍)アップした場合に、
それぞれの相続税がいくらになるかを示しています。
元々の評価が5000万円の土地に対する税額は800万円です。
路線価ベースの土地評価が3割アップすると、税額は56%高くなって1250万円に。
同じく5割アップすると94%の上昇、つまり約2倍の1550万円になります。
さらに、評価額が2倍の1億円になると、なんと税額は3倍近い2300万円にもなってしまうのです。
評価額が上がる割合よりも、税額の上昇率の方が高くなるわけです。
その理由は、相続税の累進税率にあります。
課税遺産額が高くなるほど、適用される税率が上がる仕組みです。
遺産額5000万円に対する税率は20%ですが、評価が3割アップすると税率は30%に、
遺産額が2倍の1億円では、税率も最初の2倍である40%に達します。
つまり、累進税率が税額のアップを加速してしまうというわけです。
ちなみに、図2で10年間の累積変動率の最高は沖縄県の5割アップと紹介しました。
図3で10割アップ(2倍)の試算をしたのは、
個別地点では、このレベルを超える上昇率が珍しくないからです。
例えば、2024年の路線価で最も高い上昇率を示した地点は長野県白馬村の32.1%でした。
外国人にも人気の高いスキーリゾートですが、
インバウンド需要が高まっているとはいえ、たった1年で3割を超えて上昇したわけです。
この傾向が3年続けば軽く2倍になります。
さらに、2020年の路線価ではもっと極端な例が報告されています。
北海道倶知安町、いわゆるリゾート地のニセコは、
1㎡当たりの路線価が2015年の6.4万円から、2020年の72万円へ、
わずか5年間で10倍以上も上昇したというのです。
相続税を計算してみましょう。図3と同様、遺産は土地だけ、相続人1人の設定です。
仮に100坪(330m2)の土地を持っていたら、
相続税評価額は2112万円から2億3760万円になります。
相続人1人として、ここから基礎控除の3600万円を引くと、
2015年は課税遺産額がマイナスとなり、税額はゼロ。
2020年は課税遺産額が2億円を超え、相続税が6372万円です。
ゼロから6000万円以上へ、影響は無限大といっても過言ではありません。
リゾート地や大都市圏の商業地では、こういったケースも例外ではないでしょう。
5年前、10年前に「もう相続税対策をしたから大丈夫」と思っていると、
その後の路線価アップによって、対策をした当時の効果が薄れていたり、
全くなくなっていたりするかもしれません。
改めて相続対策を練り直す必要があるのです。
相続税の対象が拡大、23区は5人に1人が課税
「自分には相続税がかかるほどの財産はない」と考えている人も多いかもしれません。
しかし、10年前に相続税法が改正されて大増税が実施されました。
その後も税制改正で締め付けが厳しくなっています。
その結果、以前は相続税がかからなかった人も、課税対象に入ってくる割合が増えているのです。
図4は、相続税の課税割合の推移を示したグラフです。
課税割合は、亡くなった人数に対する相続税を払った人数の割合を意味します。
2014年から2015年にかけて課税割合がグンと上昇しています。
税制改正による増税が引き金です。
その後も徐々に課税割合が高まっているのは、路線価アップの影響でしょう。
直近のデータ(2022年)で最も高いのは東京都の18.7%。
2014年の約2倍に増えています。最も低い秋田県の6倍以上です。
さらに、東京都の中でも課税割合の高いエリアをピックアップしたのが図5です。
トップは、23区の中心部、千代田区の40%台。
ほとんど2人に1人(2世帯に1世帯)は相続税を払っていることになります。
23区平均でも5人に1人です。
昨今の路線価アップの影響は、従来の資産家だけでなく、
一般の人にも及びつつあると言えるでしょう。