賃貸経営を法人化する5つのメリット・3つのデメリット

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アパート経営の「法人化ブーム」も以前に比べて落ち着いているようですが、
十分な検討をせずに安易に"法人成り"を遂げようとするケースも見受けられます。
メリット・デメリットをしっかり押さえたうえで、
どのタイミングで法人設立に踏み出すかを考えましょう。


法人化の5大メリットとは? 


サラリーマンが初めて不動産投資をする段階から、
「個人で買うか法人を設立してから買うか」が議論になる時代になっています。
それだけ不動産投資や賃貸経営にあたって
「法人化がトク」というアナウンスが広がっているからでしょう。
個人事業主が会社を設立して法人になることから"法人成り"とも言われます。

とはいえ、いざ法人を設立して見ると、思ったより節税効果が低かったり、
かえって手取り収入が減ってしまったり、うまくいかないケースもあるようです。
そこで、改めて法人化のメリット・デメリットを整理して、
どんな人が法人化をすればいいかについて解説します。

まずは、法人化のメリットは次の5つです。

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それぞれについて解説します。
なお、ここでは主に資産を会社に移して賃料収入を法人が取得する
「資産保有法人」を想定しています。
管理委託やサブリースを設けて経費を増やす「資産管理法人」は節税効果が低いため除外しました。

① 個人所得税より法人税の適用税率が低い

10数年前から、法人税率が国際標準に比べて高いという批判があり、
段階的に法人税率が低下してきたことが背景にあります。

個人所得税は、課税所得が大きくなるほど税率が高くなる「超過累進税率」です。
最低は5%と低めですが、最高は45%で、
個人住民税の一律10%を加えると最高税率は55%に達します。
個人事業として経営している場合、税引き後の手取りとしては、
課税所得の半分に満たない金額しか残りません(以下、税率はすべて2024年度現在)。

これに対して、法人実効税率(*)は一律で約30%の「比例税率」です。
所得が増えても変わりません。
そのため、個人で適用される所得税率と住民税率の合計(以下「所得税等」)が30%を超えたら、
法人の方が税負担は軽くなると言われています。

※法人税は、国税の法人税と地方税の法人住民税・法人事業税など5つの税目に分かれています。
計算しやすくするために、これらを1つにまとめて実際に適用される割合にしたのが「法人実効税率」です。

ただし、現在は時限措置として、中小法人に対する税率を軽減する特例があります。
課税所得によって、3段階に分かれているため、部分的な超過累進税率になっている形です。
個人オーナーが資産管理法人を設立した場合は、こちらが適用されるのが一般的でしょう。
そこで、所得税等と中小法人の法人税の税率を横並びで比較してみました。

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図2に、所得税等の税率と、法人実効税率を課税所得に合わせて並べて示したものです。
最初は所得税等の税率の方が低いのですが、
330万円以上になると法人税率の方が低くなることがわかるでしょう。

では、課税所得330万円以上になったら、法人化した方がトクになるかというと、
そう単純ではありません。
実際の税額計算が複雑になる(*)ことに加えて、
個人の場合は「5棟10室以上」の事業的規模で賃貸経営すると、
青色申告特別控除が使える一方で、個人事業税がかかってくるからです。
詳細は省きますが、これらの要素を加味したグラフを図3に示しました。

*超過累進税率は、課税所得が「〇万円以上△万円未満」という範囲に適用される表面税率。
実際の課税所得をベースに計算する場合の実効税率は異なるため、実効税率は表面税率より低くなります。

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個人経営で、事業的規模に満たない場合は「個人1」、
事業的規模で青色申告特別控除の適用を受けて事業税を払う場合が「個人2」です。
「個人1」の場合は課税所得500万円がボーダーライン。
「個人2」は同600万円で、法人実効税率と逆転します。
最初に表面税率で比較した場合より、少し高めです。

ここまでは、あくまで税率で比較したものです。
実は法人を設立するには、法人登記などの初期費用が株式会社で約30万円、
合同会社で約15万円程度かかります。
さらに、賃貸経営中に申告を依頼する税理士報酬など、
新たな経常経費も数十万円単位で計算に入れなければなりません。
仮に、経常経費を3050万円とすると、課税所得が10001200万円以上になって、
ようやく法人の方がトクになると言えるでしょう。

② 所得を分散して適用税率を下げられる

個人の所得税は、前述の通り超過累進税率です。
そのため、会社を設立して複数の家族に役員報酬を分割して支払えば、
1人あたりの適用税率が下がり、税負担も軽くなります。
適用税率が下がるだけでなく、報酬には給与所得控除が使えるため、
所得分散効果はより大きくなるでしょう。

例えば、課税所得が900万円の場合で見ていきましょう。
個人の所得税等は約233万円、会社を設立して全額法人税で払う場合は約212万円。
会社から役員3人(オーナー、配偶者、子など)に報酬を3等分で支払った場合は、
人当たりの所得税等は約30万円、3人合わせても92万円程度にしかなりません。
個人オーナー1人の場合の半分以下です。

税金の軽減効果は、役員の構成や報酬の支払い方や、
法人にどのくらい内部留保を残すかなどによっても変わってきます。
後述する、社会保険料との兼ね合いもありますから、
必ずしも「所得分散=節税」にならない可能性もある点に注意してください。

③ 幅広い経費計上が可能

個人事業主よりも法人の方が、経費として認められる範囲が広くなります。
個人の賃貸オーナーの場合は、不動産貸付業務に直接かかわる費用に限られます。
一方、法人の場合は定款に記載された事業目的に沿っていれば、
基本的には経費として認められる可能性が高いでしょう。
不動産の売買・賃貸・管理業務、有価証券の保有・運用・売買、経営コンサルティング業務、
広告業務など幅広い目的を記載している例が珍しくありません。

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例えば、所得分散効果のところで説明した役員報酬も経費の一種。
個人事業では不可能な退職金の支払いも可能です。
減価償却の柔軟性や赤字の繰り越し期間の長さも、賃貸経営では大きなメリットになります。

この他、個人オーナーの場合に、個人的な支出をどんぶり勘定で何でも経費にしてしまい、
後に税務調査で否認されるケースが多い項目でも、法人では認められる範囲が広がります。
会社名義の車両関係費やスマートフォン代、旅費交通費以外の出張手当などが挙げられます。
また、生命保険料も法人の方が種類も豊富で、経費になる金額も大きくなります。

④ 相続対策、事業承継がしやすい

法人化は相続対策の面でもメリットがあります。
もし、オーナーが所有する不動産の数と相続人数が対応しない場合は、
遺産分割が難しくなるケースが少なくありません。
共有にしてしまう例も多いのですが、将来的に不動産の運用管理・売却などで揉めやすいため、
なるべく避けた方が賢明でしょう。
法人化しておけば、オーナーの財産は株式になり、不動産よりも分割しやすくなります。

将来、相続する予定の家族だけで法人を設立して、オーナーは出資しない形にすれば、
法人に移転した不動産はオーナーの相続財産ではなくなります。
家賃収入がオーナーに入らず現金財産が増えないため、
間接的な相続税の節税対策につながるわけです。

また、法人から家族への役員報酬は、将来の相続納税資金として蓄えられます。
個人事業でオーナーが生前贈与するよりも、多額の財産移転ができるでしょう。
相続税法の改正で生前贈与のしばりが厳しくなったことからも、メリットが増していると言えます。

さらに、認知症対策に役立ちます。
オーナーが高齢になって認知症になってしまうと、預金の引き下ろしを始め、
修繕や売買などすべての契約行為ができません。
法人化しておけば、役員が継続して賃貸経営を進められるため、
事業承継もスムーズにできるでしょう。

⑤ 融資などの資金調達もしやすい

個人オーナーの場合は、年収や資産規模などの個人属性によって融資の上限が決まり、
一定の金額以上は借り入れが難しくなると言われています。
一方、法人は、法人登記をして顧問税理士がつき、毎年会計資料を整えて申告するため、
金融機関からの信用度も高くなり、個人の場合よりも融資を受けやすくなるようです。
補助金や助成金の申請も通りやすいと言われます。

事業を拡大する意向があれば、個人より法人のメリットが大きいでしょう。


法人化に伴う3つのデメリット 


メリットがあれば、当然、デメリットもあります。

1)経常的経費の存在

1つは、税率の比較の項目で解説したように、顧問税理士への報酬など、
法人を維持するための経常的経費(経常経費)がかかること。
所得が赤字だったとしても法人住民税の均等割が年間7万円程度かかります。
少なく見積もっても、トータルで年間30~50万円は必要でしょう。
個人オーナーであれば、赤字が出た場合は不動産の税金はかからず、
赤字分を他の所得と損益通算して節税につなげることも可能です。

つまり、所得税と法人税が接近するボーダーラインで、
いきなり法人化に踏み切るのはおすすめできません。
かなり所得に余裕ができ、節税効果が十分に得られるかどうかをチェックすることが大切です。

2)社会保険加入義務

以前は、法人化の最大のメリットの1つとも言われた「所得分散効果」が、
昨今では弱まっていると指摘されています。
中小法人に対する社会保険料の徴収が厳しくなっているからです。
法人になると代表社員1人でも、社会保険料を支払わなければなりません。

例えば、自治体によって異なりますが、健康保険と厚生年金保険の合計で標準報酬月額の約30%、
あるいはそれ以上になる例が珍しくありません。
所得分散による節税効果よりも、社会保険料が膨らむマイナス面が出てくる可能性もあります。
役員報酬を配当に替えるか、内部留保で残した方が良い例もあるようです。

3)相続対策のネック

メリットの1つに相続対策を挙げましたが、実は法人の設立方法によっては、
かえってデメリットに転換してしまうおそれがあります。
不動産をいつ、どういう形でオーナーから法人に移転するのかが重要です。
適切な方法を取らないと、移転の際の譲渡税がかさんだり、
移転後のオーナーの財産評価額が増えて相続税が増えたりするかもしれません。

目先の所得税の節税にとらわれず、メリットとデメリットを踏まえ、
将来の人生設計まで含めた緻密なシミュレーションをしたうえで、
法人化するかどうかを戦略的に判断してください。